アメリカはノースカロライナ州在住のクリスチャンファミリーです。2010年の春、田舎に引っ越してちっちゃなファームをはじめました。神様が調えてくださるホームスクール&カントリーライフについて綴っています。
Tuesday, September 18, 2007
真実を追究したいインド人
宗教と政治の話題はタブー...というのを大抵のビジネスマンは心得ている。ダニエルの場合、それを心得ているというより、仕事そのものしか頭にないので、仕事以外の話をすることは、まずないと言っていた。そういう人なのだ。
と ころが今回のインド出張中、むこうのチームの人たちの中に、熱心なヒンドゥー教徒とジャイナ教徒という人たちがいて、食事のときに、宗教についての話題で 盛り上がったという。ヒンドゥー教やジャイナ教といえば、菜食主義でなければならないとか、人(もしくは、教派?)によっては、バクテリアを殺してはいけ ないのでヨーグルトも食べないという人もいる。こういうことが、外国人(ダニエルや他のアメリカン)を交えた食事のときに話題になるのは、ごく自然なこと だったのだろう。
しかし、途中から一緒にビジネストリップに加わったアメリカ人の同僚(ユダヤ教徒)は、この話題に全くのってこなかった らしく(気持はわかる)、この宗教ディベートで、ヒンドゥー教VS他の宗教となったとき、ターゲット(他の宗教側)はダニエル1人に絞られてしまった。 うゎぁ~ラッキー!(^^;)
そこでダニエルは「宗教はともかく、真実を追究したい!」というインド人のピュ-シとプルゥを相手に、神様についての話(自分と神様との関係)をインドにいるあいだ中することになった。
滞在中、ダニエルは、ピュ-シがプレゼントしてくれたというヒンドゥー教の教典をホテルで一生懸命読んでいた。私にも一生懸命だというのがよくわかった。(Skypeで毎日のようにヒンドゥー教について彼からあれこれ聞かされていたからね。)(^^;)
しばらくして、ピュ-シとプルゥも、聖書を読んでみたいと言ったそうで、ダニエルは書店(インドの普通の書店にあるかなぁ?)に行って聖書を買おうと思っている と言っていた。ダニエルは聖書を自分のPDAにダウンロードしているため、普段聖書そのものを持ち歩いていないんだよね。
ところが... 翌日その必要がなくなったというではないか。なんと、食事の後、ピュ-シと一緒に乗り込んだタクシーの運転手さんが、「昨日乗せたお客が、これを置き忘れ て行ったからどうぞ」と新約聖書を手渡してくれたのだとか。うっそー、インドで?聖書が置き忘れ?神様に遣わされたどなたかが、意図的、もしくはすっかり 忘れて置いてってくれたんだね。神様ありがとう!
さて、インドから持ち帰ったヒンドゥーの教典だが、「これは神聖なものだから、君の聖書 の隣にいつも置いて欲しい」と言われたという。ダニエルが自分の聖書をどんなところに放置しているか、ピュ-シが見たら、驚くかもしれないなぁ。 (^^;)粗末にしているわけではないんだけど、聖書そのものを奉っているわけでないし、これはマイバイブル!というような固執もない。誰かが「君の聖書 をくれないか」と言えば、二つ返事であげてしまうだろうし。でも、とりあえずダニエルはちゃんとその教典を言われたとおりに自分の聖書の横に並べて置いて いた。これは、その教典が神聖であるからではなく、その友人に対してのRespect(敬意)を表した行為なのだ。ダニエルのそういう誠実さが、なんだか 嬉しい。
そしてイギリスに経つ前日、新約旧約の両方が入った聖書とキリスト教(というより神様と人間の関係)を理解 するのに少しでも役に立てたらと、C.S. Lewis(ルイス)のMere Christianityをそれぞれ一冊ずつ、ピュ-シとプルゥに送った。
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